銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―34話・見えない出口―



その後、避難していた人々に安全になったことを知らせ、
もう遅いのでその日は宿ですぐに眠った。そして、翌朝。
リトラ達は開拓村を離れ、クークーとポーモルの待つ草原へ戻っていた。
あの宿ではプライバシーがまったく保てないため、
ここまでこなければ安心して内輪話も出来ないからだ。
「さーて、ここまで来たことだし、昨日の連中の話でもすっか?
くっそーあいつらめ……結局魔法のこと聞く前に逃げやがって!」
「ま、まあまあ落ち着いてや。
それでやけど、誰か昨日の子達の魔法とか知っとらんかいな?」
「もっちろん。あのときの火でしょ?
色といい動き方といい、アレは古魔法のヒートに間違いないと思うけど。」
「古魔法って……?」
以前も名前だけならチラッと聞いたが、
そういえばくわしい説明を聞いた事がない気がする。
この際なので聞いておきたいと思ったアルテマは、首をかしげてペリドに続きを促した。
「この世で一番古い、神々が編み出した魔法のことです。
地界ではほとんどの種族が知らなかったり使えなかったりする魔法ですから、
アルテマさんが知らなくても仕方ありませんね。」
「へー……そうなんだ。」
アルテマは心底感心した様子で、何度か軽くうなずいていた。
「ちなみに、フィアスちゃんの使えるナッシアもその仲間です。」
ペリドの言葉に、アルテマはもちろん当のフィアスもへぇっと感嘆の声を漏らした。
「え、そうだったんだぁ〜……。」
すでに毎度のこととなっているが、
アルテマもフィアスも仲間達の知識の豊富さに感心するばかりだ。
ルージュに言わせれば単に勉強不足の単細胞だが、
ペリドにとってこういう反応は悪いものではなかった。
元々、このパーティには比較的博識なメンバーが多いので、
実はこういう反応をしてくれるのは通常彼女とフィアスだけなのだ。
このパーティにとって、彼らの反応は、貴重なものというべきである。
「古魔法って、いろいろあるんだね。」
「そうですね。もっとも、私もくわしくは知らないんですけど……。
あ、でもナハルティンさんならくわしいですよね。
今度、古魔法の知識を教えてくれませんか?」
さすがはヌターユの次期竜の巫女というべきか、
勉強熱心なペリドは、思い立ったら吉日とばかりにナハルティンに教えを請う。
「もっちろん。ペリドちゃんの頼みを断れるわけないじゃな〜い♪」
ご機嫌な様子で、ナハルティンは後ろからペリドに抱きつく。
ペリドになぜかべらぼうに甘い彼女は、
珍しくお世辞ではなく本心でそう言ったようだ。
しかし、男だからというわけではないが、それはリトラにしてみれば理解しがたい。
「おめーら、レズ……?」
あきれた様子でリトラがつぶやく。
普通同性で、一方的でもこんなにべたべたするか?と、その目は雄弁に語っている。
もちろん、そんな目で見られたナハルティンは面白くない。
「や〜だやだ、そーいう目でしか見れないわけ〜?
これだから単細胞君は困っちゃうのよね〜。」
「だぁれが単細胞だボケ!!おれは見たまんまのことを言っただけだろうが!!」
それが単細胞といわれる原因ではとジャスティスは思ったが、
その点については賢明にも口をつぐむ。
「あっはっは〜、短気だねぇ〜。うーん、ますます単細胞ってカンジ?」
「んだと〜!!」
いつもの調子で、リトラの怒りのボルテージはぐんぐん上昇する。
確かに単細胞だ。が、そこでいきなり第三者が乱入する。
「ナハルティンさん!他人を言葉で遊ぶのは感心しませんよ。」
「ちょっとぉ、何でアンタが横から口はさむワケ?」
いきなり横から割り込んだジャスティスに、
ナハルティンは明らかに彼が邪魔そうな顔を向ける。
「あなたの行動が我慢できないからです!
大体あなたはいつも、わたしたちを何だと思ってるんですか!
たとえ下位の種族であっても―――。」
「あーはいはい、ご立派ですね天使様は。」
ジャスティスの説教は、全部言い終わる前に軽く一蹴された。
あんたの話なんていちいち聞くほど暇じゃないといわんばかりに、
ナハルティンは払いのけるように手を振って背を向ける。
「人の話は最後まで聞いてください!!」
「やーだよーん。アンタの説教なんて聞く時間があったら、
そこの穀潰しウサギリスちゃんを抱き枕にして寝るほうがマシだもんね〜。」
と、楽しげにつぶやいてちらりと後方にいたリュフタにいたずらっぽい視線を送る。
とたん、リュフタの全身の毛が恐怖でぶわっと逆立った。
「どひゃ〜〜!!じょ、冗談でもそないな事いわんといてーな!!」
ナハルティンは冗談めかして言ったが、リュフタにはとんでもないことだ。
大体光と闇に限らず、反対の属性の持ち主は一つ所にいるとお互い気分のいいものではない。
圧倒的に力の量に差がある場合、弱い方は時に生命の危機にさえさらされる。
ちなみにリュフタとナハルティンなら、リュフタが圧倒的に不利。
「別に本気でもいいけどー?ちょっと光クサイけど。」
そこに、追い討ちをかけたこの一言。
「やめてんか〜〜!!うち死んでまう〜〜!」
すでに会話から放り出されているリトラは、珍しくリュフタが気の毒に思えた。
アルテマやフィアスも同じ気持ちなのか、
気の毒そうな困ったような顔をしてリュフタを見ている。
なぜか、誰も助け舟を出さないが。
(お前ら、これからどうするかとかそういう話をする気はないのか……?)
騒ぎに騒ぐ仲間達を見て、
ルージュがそうつぶやいたのは無理もないことで。
その後。
ここまできて召帝捜索が振り出しに戻ったリトラたちは、
ひとまず隣国のダムシアンに戻ることにした。
再び情報を集めて、これからの方針を決めなおすためである。


一方その頃―
疫病がはやり始めてから、はや1週間ほど。
バロンは、相変わらず疫病騒ぎに悩まされ続けていた。
セシルたちが城に帰ってきた段階で、城下町の人間は、すでに人口の6割が感染。
周辺の町や村の感染者は、4,5割だった。
今も幸い、家畜や竜などの人間以外の種族や、人間と他種族の混血者の発病の報告は無い。
しかし尋常ではない勢いで感染が拡大する疫病の患者は、
すでに人口の8割に達する勢いだった。
新しく届いた書類に目を通すセシルの唇からは、ため息しか漏れない。
増え続ける患者で城下町のどの病院や診療所もあふれかえり、
今では治療に当たる医者や白魔道士までもが倒れる始末。
とある辺境の診療所では、なんと誰も患者を診る者がいなくなってしまったという。
城下町では、竜騎士団所属のグリーンドラゴンたちが看病しているので、
今のままならそのような事態は避けられる。
しかし、その八方ふさがりのような状況は少しだけ改善されていた。
セシルの机の上の鉢に植わった一株の草から、若い男の声が聞こえてくる。
“わりぃなセシル……こんなもんしか提供できなくてよ。”
「いや、そんなことないよ。
エッジが提供してくれたあの薬のおかげで、症状が大分緩和されたんだ。
おかげで、自力で立ち直れそうな人も出てきたんだよ。」
“そーか?でもよ、やばい勢いなんだろ?”
草、もといひそひ草。
これは、同じ草を持つ相手なら、離れた場所でも言葉を伝える不思議な植物だ。
そこから聞こえる声の主は、忍者の国のエブラーナ国王・エドワード=ジェラルダイン。
愛称のエッジで仲間に親しまれる彼は、
バロンの使者の話を聞き、いてもたってもいられなくなったという。
城中の者に命じて、自らもそのような病気に関する文献を漁った。
その結果、病気ではないものの、呪いや魔法で変わった姿を元に戻す薬を送ったのだ。
そのおかげで、疫病の症状の一つ、
手足が獣のようになるなどといった症状だけは抑えられるようになった。
性格の異常など、精神系の症状については、いまだにお手上げだが。
“薬のストックとか大丈夫か?”
「大丈夫だよ。君が薬の製法まで送ってくれたから、もう薬士が作ってくれている。
こっちは君のところよりも材料が揃いやすいし、
根本的な治療法が見つかるまで、薬のストックを持たせることは出来るよ。」
いかにも心配の必要はないとばかりの自信を持った声だが、
顔が見えなくても、ひそひ草の向こうにいるエッジはそれが一種の虚勢だと分かった。
“……なぁセシル、ほんとに大丈夫なのか?”
「……大丈夫、だよ。」
“ほんとに?”
「……ああ。」
ぜんぜん大丈夫じゃないなと、
心なしかだんだん自信がなくなっていく声音で判断する。
エッジも人のことを言えた義理ではないが、
セシルは感情が顔や声に出るので分かりやすい。
カイン曰く、これでも最近は城の古だぬきに対抗するために、
努めて表に出さないように努力を重ねているらしい。
が、仲間だから気を許しているのか、それとも単にうまく押し込めておけないのか、
セシルの反応は子供のように分かりやすかった。
と、そこで外からコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「ごめん、エッジ。ちょっと待っててくれ。」
“おう。”
セシルがドアを開けると、そこにいたのはゴルベーザだった。
珍しく急いできたのか、髪がやや乱れている。
何か急な用事でもあるのだろうか。
何を言われても冷静でいられるように、セシルは少し心を緊張させた。
「あ、兄さん。何か分かったのか?」
「いたか。ちょうど良かった。今、スカルミリョーネから有力な情報が入った。
ちょっと見てくれ。」
「有力な情報……?!」
セシルはなかばひったくるようにゴルベーザから紙を受け取った。
そして、努めて冷静に、一字一句意味を取り違えないように慎重に読み進めていく。
たった一枚の紙だったが、そこには驚くべき内容が含まれていた。
「下級の悪霊……?!」
報告書の要点は、こういうことだった。
『疫病』の原因とは、どこかから放たれた大量の邪悪な霊によるものである。
悪霊の中には、病気に似た症状を引き起こすものや、
取り憑いた際に外見などにまで影響が及ぶものもいるらしい。
この場合は、人間にとりついて、新たな仲間を増やしているようだが。
たぶん、『疫病』で死んだ人間の魂は、新たな悪霊となって、さらに病気を広げているのだろう。
あるいは、取り付かれている人間のそばにいるだけで、
その影響を受けてしまうと書かれていた。
「そういうからくりだったのか……。」
苦い顔をして、セシルがつぶやいた。
まったく、嫌な連鎖である。
「なるほど、敵もうまく考えたものだな。
相手の戦力を削ぎ、さらには指導者の動きも封じることができる。
別に霊が増えてもあちらにはさしたる戦力にはならないが、
相手に与えるダメージは並みの魔物よりもはるかに効果が高い。」
「悔しいけど……確かにそうだ。」
実際、この騒動が解決したとしても、その影響は深刻でしかも尾を引きそうだ。
単に死者が出たという次元では片付かない問題をはらむ。
それくらいは、王としての経験が浅いセシルにも簡単に想像がつく。
―まだ、大臣達との信頼も築けていないこの大事な時に……!!
この騒動が起きてからずっと思っていた事を、セシルは胸中でつぶやく。
発足して間がない、しかも直属の信頼できる部下もろくにいない今のセシルにとって、
この影響は計り知れない。
「悪霊か……でも、あれだけの被害を出したとなると、
とても退治し切れそうにないな……。」
悪霊ならば、聖剣の力で追い払うことは出来る。
だが、今のセシルには聖剣を扱う力がない。
以前ミシディアで遭遇した女の魔物によって、その力は奪われている。
ラグナロクやエクスカリバーを装備しても、その聖なる力を引き出せないのだ。
しかし、仮に使えたところで状況は大して変わらないだろう。
城下町のみならず、その周辺の町や村までもが『疫病』の被害をこうむっているのだ。
つまりそれは、それだけ病を引き起こした悪霊の数が多いことを意味する。
セシル1人の手に終えないのはもちろん、
城中の魔道士などが総出で浄化にかかったとしても、恐らく焼け石に水だろう。
残念ながらバロンの魔道士の水準は、
本場ミシディアのそれと比べると段違いに劣る。
「どうすればいいんだ……。」
「……わからない。
スカルミリョーネも悪霊どもを支配できないか試したのだが、駄目だった。
どうやら他者からの命令を受け付けられるほど、知能が高くないらしい。
加えて、術者の制御力が強いとも言っていた。」
ゴルベーザのその言葉に、セシルはかなりショックを受けた。
アンデッドの親玉的存在であるスカルミリョーネでさえ、手に負えないとは。
“マジで?馬鹿もたまにはめんどくせーんだな。”
「エッジ……ひそひ草越しに話に割り込むのは控えてくれ……。」
“わりーわりー。”
口では謝って見せるものの、まったく悪びれない様子が声から伝わってくる。
一歩間違えば、この非常時にそんなのんきな声でと咎められかねないが、
いつもと変わらない彼の調子は、ある意味ではありがたい。
「……なんだ、ひそひ草か。」
淡々とつぶやかれたゴルベーザの声には、わずかに驚きが混じっていた。
その目線は、セシルの執務机の上の鉢植えに向かっている。
「驚いた?」
「少しな。急に声だけ聞こえてくると、やはり違和感がある。」
「……そうだね。」
ボーっとしているときにいきなり声が聞こえると、確かにかなり心臓に悪い。
“そんなことはどうでもいいだろ!
どうするんだよ、悪霊退治。さっきも言ったけど、ほんとに大丈夫なのか?
なんなら俺が――。”
「それは歓迎できないな、エブラーナ王。
国王たる御身に疫病が降りかかってしまっては一大事になる。」
エッジの言葉をさえぎって、ゴルベーザがたしなめる。
彼が言いたいこともその気持ちもゴルベーザは理解できたが、
仮にもエッジは一国の王だ。そんな彼に何かあれば、エブラーナの国民が黙っていない。
“……わ、わかってる!ちょっと心配しすぎただけだ。”
ばつが悪そうに頭を掻く様子が、付き合いの長いセシルには容易に想像がついた。
ひそひ草に表情などあるわけもないが、これもどこか居心地が悪そうに見える。
「いや、ありがとう、エッジ。その気持ちだけでもうれしいよ。」
“そ、そうか?へへ、照れるな……。
ま、とにかくまたなんか分かったらすぐに連絡入れるからよ。
あと、愚痴りたかったらいつでも呼べよ?じゃーな!”
「ああ、また今度。」
最後にそう伝えたきり、ひそひ草は沈黙した。
と、完全に音が途切れる前に、
ひそひ草から、かすかにエッジのじいやの怒鳴る声が聞こえてくる。
政務を怠るなと説教でもしているのだろう。
変わらないやり取りが、不思議と心に安らぎをもたらす。
「……エッジらしいな。」
セシルが軽く苦笑した。
「普段と変わらないのは、いいことだ。」
「そうだね。」
兄の言葉に答えた後で、ふっとセシルは表情を固くした。
かけがえのない、変わらない『日常』。
―絶対に、取り戻してみせる。
改めて決意を固めたセシルの心は、鋼のように強い。



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……よくよく考えれば、ひそひ草さえあれば各国との連絡簡単に取れるんですよね。
前回あんなしち面倒くさいことをしなくても良かった気が。(爆
ひそひ草って、ほとんど生きてる電話ですよね。(黙れ
つーか締めが無理やりすぎです。あ……これも6000字オーバー。
つーか長編はどれも容量がやばいです。絵より重いんじゃあ……(汗
プロパティを見たら、80KB級がうようよと。